たいぶ前。20歳そこそこの頃。
高田求さんの本を読んでいて、
「急ぐこととゆっくりすることの弁証法的統一」
という言葉に出会った。
目からウロコがおちた。
ぼくは、弁証法の真骨頂をつかんだのだった。
これからの人生、弁証法とともに生きて行こう。
そう楽しく決意したのであった(笑)。
「がんばること」と「がんばらないこと」
「まじめであること」と「怠惰であること」
「がまんすること」と「がまんしないこと」
「無理をすること」と「無理をしないこと」
対立物なんだけど、
おたがいがあるからこそ、それ自身が生きてくる。
おたがいの存在が、おたがいを高める。
弁証法的な統一だ。
弁証法って、おもしろいよ。
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