最近読み終えた本。
『自信力はどう育つか―思春期の子ども世界4都市調査からの提言』
(河地和子、朝日新聞社、2003年)
おもしろかった。自信は、大事。
じっさいに、子ども・学生の声が
たくさん紹介されているのが良い。
後半は、ジェンダー視点での分析。
『親ができるのは「ほんの少しばかり」のこと』
(山田太一、PHP、2008年)
最初はすごくおもしろいな~って
読んでいたけど、
途中からイマイチになってしまった。
なんでだろ。
ほぼ、山田太一さんの経験に
もとづく子育て、人間論話です。
いいな、と思った言葉。
「当たり前のことだけど、人間ひとりひとりちがう
のです。そして、人間の尊厳、他ならぬその人が
生きている意味は、人とちがうところにあると思う
のです。勿論、社会生活をしている以上、人と同じ
であろうとする努力を、やめるわけにはいきませ
んが、その人の存在の意味は、みんな同じだと
いうところにはない。ちがうところにあると思うのです」
「気の弱い人がいることは、この社会をどんなに
生きやすくしてくれているでしょう。強い人ばかり
だったら、やりきれない世界でしょう。容姿に美醜
がなかったら、どんなにつまらない人生になること
でしょう。みんな同じ知能だったら、これもなんと
はりあいのない、のっぺらぼうの世界であること
でしょう」(55P)
『十二年の手紙(下)』(宮本顕治・宮本百合子、新日本文庫、1983年)
上巻を読み終えたのが1月だから、
なんと10か月もかかったのか…。
寝る前にちょっとずつ読んでたんですが、
平均1~2ページで。
別の本を読むこともあって、ようやく読了です。
2人のやりとりは、まったくハイクオリティ。
以下、自分のためのメモ。
(上巻のメモは こちら )
「芸術的成長、生活的節操、その道を歩んでいる
良心的作家は何とまれのことだろう」
(1941.1.12 顕治→百合子)
「数少い良質の星がこの上ともあらゆる健康を加えて、
学問と芸術の世界に輝くように心から願いたい。星の
輝きは、時として雲のために消されたり、嵐の中で
その光を下界にまで届かせないことがあるが、波瀾の
中で光り続けた値打は不朽のものであり、歴史の中に
刻みこまれるものだ。生活者として、芸術家としての
不断の成長、これを期待できることは大きな悦びで
あり、改めて考えれば考えるほどそうであるところの
ものだ」 (1941.1.12 顕治→百合子)
「すべてスピーディーのテムポで変わってゆくときだ
から、作者も現代的テムポで本など準備する必要は
全く切実だね。インチキものを作ってはならないが、
余り遅々的に泰平に構えていると条件が全く変わる
から」 (1941.3.14 顕治→百合子)
「今度はユリも、全くよく日常の時間を配分して勉学
をすすめることだね。よく勉強して来たが、創作と基礎
勉強は量質ともに今からの成長にかかっている。
一年に、長編他、はっきり予定をきめて幾つか仕上げ
るといい。読書もコースをちゃんと立てて」
(1941.3.15 顕治→百合子)
「すらりと、簡素で、しかもしんは瑞々(みずみず)しい
という日々がつくられるようにしましょうねえ。極めて
実際的によく組み立てられて、妙なもやもやのない、
やっぱり私たちらしい生活にしましょうねえ。形を変え
ることが必然であると分れば、それに工夫をこらすの
が又一つの愉快さをやがて感じさせ、たのしみを与え
てくれるというのは、人間の何という見つけもののと
ころでしょう」 (1941.3.16 百合子→顕治)
「小説の基調としての、作家の日常的基調は実に
大切だから」 (1941.4.14 顕治→百合子)
「過程はジグザグをまぬがれないから」
(1941.7.22 顕治→百合子)
「生活の展開というものは何とおどろくべきことでしょ
う。生活全体で展開してゆくのですものね。決して
生活のどの一部だけをとりあげてどうといってかわっ
てはゆかないものであるから油断がならないわけです」
(1941.11.16 百合子→顕治)
「一つの大きい時代に生きた人を語るには、よくよく
その時代の性格がつかまれないとうそね」
(1941.11.16 百合子→顕治)
「考察と工夫による家事処理の向上」
(1942.12.12 顕治→百合子)
「何がどうあろうと私は何となしに元気を感じ、新しい
暮らしかた、勉強を期待して、きちんとした気分の
正月です。どうしてだろうと考えます。こんな瑞々(み
ずみず)とした愉しさのたたえられたお正月の気分と
いうのは。新しい年がおとずれる、というでしょう?
新年になった、というのと、年が新しくおとずれた、と
いうのと、心持はちがうものなのね。大変ちがうもの
なのね。わたしのところには年が新しくおとずれたと
思います」 (1944.1.2 百合子→顕治)
「恢復につとめること。健康なしでは何の文学的精進
ぞや。子規・独歩・啄木など、病気をしながら業績を
残した人はあるが、健康であれば更に充分の仕事が
出来たに違いないことだ。僕も時折、今更のごとく思
わざるを得ないことがある。一日の大半を何も勉強で
きず過ごすのは何と大きい浪費かと。それだけに、
人が健康に不注意だったり、明白な不養生をしている
のをみると感深からざるを得ない。まして近親の場合
においておや。世界や人類の運命に想いをはせ、又
学芸の野を開拓しようとするような人が、自己の一個
の肉体について驚くべきほど知識不足だったら、これ
また戯曲となろう」 (1944.2.5 顕治→百合子)
「木の幹の見事さや独特な魅力を思うと、自然のこま
やかさにおどろかれますが、木の幹は決して人間の
観念の中にある真直という真直さではないのね。いろ
いろな天候の圧力や風の角度に対し自身の活動の
リズムの複雑さをみたすのに、それは何と微妙な線で
美しく変化しているでしょう、そういう美しさと雪の美し
さはやはり似合うでしょう?」
(1944.2.21 百合子→顕治)
「どんな時期でも学び、進歩することを忘れない人間
でなくてはね」 (1944.3.31 顕治→百合子)
「人生を漂流しているのでなく、確乎として羅針盤の
示す方向へ航海しているということは、それにどんな
苦労が伴おうと、確かに生きる甲斐のある幸福だね。
漂流の無気力な彷徨は、生きるというに値しない。
たとい風波のために櫓を失い、計器を流されても、尚
天側によってでも航海する者は祝福されたる者哉。
そして生活の香油も、そういう航海者にのみ恵まれる
産物であって、その輝きによって生存は動物でなく
人間というに値する生彩と栄誉、誌と真実に満されて
くるものだね。クリストの生涯は福音書を通じてみて
も現代的な興味を持っているが、中世紀以来の化石
的存在でなく、先駆者の一典型として深い感想を
科学を愛する著者にも与える。…現代的理性をもった
人間も、或る敬意をもって彼を回想するのは、彼も
また、誰でもがそれに耐え得るとは云えない困窮と
敢闘の子、信じ難い艱苦と英雄的努力の人であった
からだろう」 (1944.10.10 顕治→百合子)
「小説を愛する(文学というべきね)こころの本源は、
人生へのつきない愛であり、其は、つきつめたところ、
いかに生きるか、そして生きたかという厳粛な事実に
帰着いたします。そこにこそ、尽きないテーマがあり、
つまり人類のテーマがあります。テーマの本流に、
作家は可能なかぎり、力をつくして近接すべきです。
日光は潤沢ですから泡沫にもプリズムの作用から
七色の彩を与えるけれども、それは泡沫が美しいの
ではなくて、光線はどんなに公平かということの美し
さですものね。わたしは、テーマの本流に身を欲し
たいのよ。切に切にそれを希います」
(1944.12.26 百合子→顕治)
「人は、その人なりの道によって、何か鍛えられる道
を通ることが大切ね。そして、鍛えられるということを
招く先ず第一の生活態度のまともさが大切ね」
(1945.1.2 百合子→顕治)
「雪景色の面白さは、こまかい処にまで雪が吹きつ
もって、一つの竹垣にもなかなかの明暗をつくる、
そこが目に新しく面白いのね。雪は本当に面白いわ」
(1945.2.26 百合子→顕治)
「この頃しみじみ思うの。未来の大芸術家は、記念
すべき時代の実に高貴な人間歓喜をどう表現する
だろうか、と」 (1945.5.10 百合子→顕治)
「十五日正午から二時間ほどは日本全土寂として
声莫しという感じでした。あの静けさはきわめて感銘
ふこうございます。生涯忘れることはないでしょう」
(1945.8.18 百合子→顕治)
「いかに視野をひろく、視線を遠く歴史の彼方を眺め
やっているにしろ、不屈なその胸に、やはり八月十五
日の夜、覆わないでよくなった電燈の明るさは、一つ
の歴史の感情としてしみ入ります」
(1945.8.18 百合子→顕治)
「わたしは本当に勉強したいのよ」
(1945.9.3 百合子→顕治)
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