きのう(22日)の午前中は、ソワニエ看護専門学校の
9回目の講義。テーマは、
「ものの見方・考え方(1)-事実から出発する」でした。
夏休みまでの残り3回の講義で、
唯物論・弁証法的なものの見方の基礎を学んでいきます。
といっても、唯物論・弁証法という言葉は一応
押さえる程度で、その基本となる見方を、
より具体的に示せるように工夫をしてみました。
「先入観・思い込み」の悪い具体例で
いつも血液型性格判断の話をするのですが、
今年も学生さんの「くいつき」が良かったです(笑)。
やっぱり広く浸透してるんですよね…。
以下、講義の概要です。
一。長久の「看護・医療」読書日記
◇今週読んだ本
『眠りと目覚めの間-麻酔科医ノート』
(外須美夫、Medical Front International Limited、2009年)
二。事実から出発する
1。「ありのままに見る」ことの難しさ
◇科学的認識
*事実から出発する
*すべての現象には、必ず原因があるという認識
*現象の背景にある本質をつかむ
*「ニュートン力学がわかれば、日常の風景もちがって見える!」
(『Newton』09年7月号)
*『子どもの道くさ』
(水月昭道、居住福祉ブックレット7・東信社、2006年5月)
◇人間の認識の過程で生まれる「決めつけ・先入観・思い込み」
*意識の能動性(思い込み・決めつけ)
*体験・経験の絶対化→「以前こうだったから、またこうだろう」
*「なぜ?」「どうして」「もっとよく考えてみよう」とあれこれ努力する
より、「どうせこうだろう」と思うほうがラクチン。「ゆとり」がない時
には特に注意。
*「先入観という便利なメガネ」(臨床心理士・土屋由美さん-資料参照)
*「決めつけ」「先入観」の悪い例-血液型性格判断
*『キャラ化する/される 子どもたち
-排除型社会における新たな人間像』
(土井隆義、岩波ブックレット、2009年6月)
*命をみる目
「この世の中は、いつのまにか命にたくさんのレッテルをはり、
フィルター越しに人を見るようになってしまいました。姿格好、
成績などフィルターをかけて見ればすぐに答えが出ます。け
れど、すぐ答えが出るようなものに、真実があるでしょうか」
(松崎運之助さん『われら高校生新聞』09.5.25付-資料参照)
2。事実から出発するものの見方を、「唯物論」という
◇2つの世界観
*物資を根源的なものとする立場=唯物論
*意識(精神)を根源的なものとする立場=観念論
・原始共同体の時代、自然にたいするの人間の力は弱く、認識も
不十分だった。そこから、神話的世界観が必然的に生み出され、
やがて宗教的世界観も生まれてくる。多くの宗教の出発点は、
人びとの現実の苦難の表現であり、しいたげられた人びとの救
いとして生まれた。
*物質と精神、どちらが「大切か」ということではない。どちらが「もと
のもの(根源)」か、という問題。
【物質とは】私たちの意識とは独立に存在し、私たちの感覚の源を
なし、感覚を手がかりとして、認識できるもののこと
【意識とは】物質である脳の働き。意識の内容は、外の世界の反映。
3。看護と、科学的な観察・判断(他の授業でもやると思いますが)
「未熟な観察者は、ほぼ例外なく迷信にとらわれている。農夫は
家畜の病気を魔法のせいにしたものであるし、鵲(かささぎ)を一
羽見たから結婚式があるとか、三羽見たから誰かが死ぬとか言
われてきたのであるが、現代の最高教育を受けた人たちが、病
人についてこれとそっくりの結論を引き出してくるのを、私は耳に
したことがある」
「なんとも不思議なことであるが、ろくに観察もしないで、あるい
はまったく観察ぬきで、あるいは少しでも世間の経験と突き合わ
せてみればとっくの昔に嘘とわかっているはずの≪ことわざ≫や
≪格言≫の類などに頼って、人びとは判断を下しているのである」
「看護については、『神秘』などはまったく存在しない。良い看護
というものは、あらゆる病気に共通するこまごまとしたこと、およ
び一人ひとりの病人に固有のこまごまとしたことを観察すること、
ただこれだけで成り立っているのである」
「ある看護婦のもとで、ある患者が食事を受けつけないために衰
弱しているとしよう。それを別の看護婦にまわしてみると、彼はた
ちまち食べるようになる。これはどうしたことか? 『彼女は患者
をあやつる力を持っている!』と人びとは言う。しかし、それは人
間をあやつる力などではない。食事の与え方の問題であり、ある
いはまた、患者が楽にのみ込めるように枕を当てがう方法の問
題なのである。ある患者は窓を開けると食が進む。別の患者は
顔と手とを洗うとよく、またほかの患者は首のうしろを濡れたタオ
ルで拭くだけで食べられるようになる。自殺につながるほど気の
ふさいでいるような患者には、食べる気を起こさせるためのちょっ
とした元気づけが必要である。看護婦は彼の思いに何か変化を
与えて、気晴らしをさせる。・・・ある女性が他人の生命を救うこと
ができるのは、ただこれらこまごまとした事柄すべての観察によ
るのであり、けっして不可思議な『他人をあやつる力』などによる
ものではない。また別の女性が他人の生命を救う手段を見つけ
られないのは、このような観察が欠けているからである」
(以上の引用はすべて『看護覚え書』13章「病人の観察」より)
「偏見は、生涯を通してたたかわねばならない問題である。如何
にして曲解した観察がなされるかを理解すれば、偏見は少なくな
るだろうし、繰り返し自己分析を行うことによって、より少なくする
ことは可能かも知れない。しかし、残念ながら我々はみな、一度
は偏見に陥るものである」
(V・ヘンダーソン『看護の原理と実際Ⅱ』)
「ありのままの患者像を観察によって得ようとすることの難しさを
自覚することから、真の観察は始まるといってよい。観察のつど
『今、私の知覚していることは、対象の姿を真に反映しているで
あろうか』と、自問することを忘れてはならない」
(川島みどり『新訂 看護観察と判断』)
「真面目であるがゆえの思いこみや、偏った、狭い見方について
は、絶えず克服する努力を怠ってはならない。一生懸命に相手
のことを気遣い、なんとか力になりたいと願うあまりの善意では
あっても、独り善がりのきめつけをしてはいないだろうか。自己
の価値観にのみとらわれて、相手の人生観や生き方を否定して
いることはないか」 (同上)
◇集団の力で、個人の「狭い、思い込み・先入観のふくまれた認識」を
正していく
*対象を多面的にとらえるには、集団での認識が有効な手段となる
*1人ひとりの認識にはつねに限界があることを自覚することが大事
*したがって、他者の認識から謙虚に学ぶことが必要
三。事実を知らなければ、正しい判断・実践が生まれない
1。日本の社会保障はなぜ貧困?
◇小泉政権以降、毎年2200億円の社会保障費を削ってきた
*「きびしい財政」「超高齢化社会」「消費税を上げれば・・・」と政府は言う
*医療、介護、福祉、年金、・・・先進国でもトップクラスの自己負担額
◇たとえば、医療費の自己負担のこと
*原則無料(ただ!)の国は、世界でこれだけある
イギリス、イタリア、オランダ、ギリシャ、スペイン、デンマーク、
スロバキア、ハンガリー、ポーランド、トルコ、カナダ、アイルランド、
オーストリア、メキシコ(アイルランド、オーストリア、メキシコは、
一部の高所得者は有料)。
*定額制か実質的に低負担な国も
アイスランド、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、フランス、ドイツ、
ポルトガル、オーストラリア、ニュージーランド
(OECD編著『世界の医療制度改革』から)
*質問。このなかで、日本よりGDP(国内総生産)が大きい国はある
でしょうか
◇日本は、ほんとうにお金がないの?・・・事実を知る努力を
*税金の集め方はどうなっているのか、税金の使い方に問題はないのか
*企業の社会保障費の負担割合は、諸外国と比べてどうなっているのか
2。日本の地球温暖化対策、これでいいの?
◇テレビをつければ「エコ、エコ、エコ」
◇日本の二酸化炭素排出量のうち、家庭からの排出は10数%ほど。
◇排出量の半分は、150の大規模排出事業所(発電所、製油所、セメント、
化学工業、鉄鋼など)から出ている(NGO気候ネットワーク調べ)。
以上。
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