最近読み終えた本。
神話の学びにいったんケリをつけて、
ギリシャの哲学者たちの学びへ突入。
はてさて、3月中に、どれだけ読めるのか。
『ケルトの神話-女神と英雄と妖精と』(井村君江、ちくま文庫、1990年)
ケルト民族は、ヨーロッパ大陸や
いまのイギリス・アイルランドなどにいた人たち。
しかしケルト神話というと、
一般的にはアイルランドの神話という
側面が強いらしい。
そして、神々の諸行は、やっぱりどこでも
人間の反映なんだなと思う。
『シュメル神話の世界-粘土板に刻まれた最古のロマン』
(岡田明子・小林登志子、中公新書、2008年)
とても興味深い学びだった。
シュメル人とは、いまのイラクのあたりの
最古の都市文明を築いた人々のこと。
メソポタミアの初期ですな。5000年ぐらい前。
チグリスとユーフラテスのあいだの地域です。
神々がビールを飲んだり、洪水神話の元祖であったり。
粘土板などの、神話の残され方も、おもしろい。
『ソクラテス以前以後』(F・Mコーンフォード、山田道夫訳、岩波文庫、1995年)
ギリシャ哲学の入門書と言われているらしい。
イオニアの自然哲学から入り、
ソクラテス、プラトン、アリストテレスについて
語られている。
なるほど、そういう捉え方をするのかと、
なかなか新鮮。
ソクラテスについて書かれていた以下の部分は、
現代でもとても大事な姿勢だと共感。
「ソクラテスは誰とでもよろこんで対話した。だが
とりわけ青年期の若者たちとの交わりを歓迎した。
(略)ソクラテスはかれらが未熟な質問をかさね
ても、けっしておとなの経験を楯に高踏的な口調
でそれを封じこんだりはしなかった。かれは若者
たちの心のなかで進行しているすべてのことを
知りたがり、あらゆる主題について、とりわけ正し
さと間違いについて自分たち自身で考えるよう、
積極的にかれらを励ました。かれはつねに曇りの
ない率直さで、かれ自身が探究者であり、何も
知らず、何も教えるべきことを持たず、あらゆる
問題を開かれた問題とみなしていることを言明
した」
「若者たちと話すときのソクラテスのやりかたは
それとは違っている。かれはまず、かれらを困惑
させることから始めるが、それはかれらに自分た
ちの理解が実際にはどれほど不十分なものかを
気づかせ、すすんでかれらと共同で真実を探究
する気にさせるためである。ひとたび純粋な探究
が開始されたなら、かれはいつでもその対話相手
を論敵としてではなく、仲間にして盟友たるもの
として取り扱う」
『ソクラテスの弁明 クリトン』(プラトン、久保勉訳、岩波文庫、1927年)
ソクラテスの裁判での「弁明」を
弟子のプラトンが再現したもの。
「クリトン」も同じくプラトンの再現。
ソクラテスは偉大な哲学者ですが、
本人が残した書というのはまったくなく、
すべて伝記、言い伝えなのです。
弟子のプラトンがソクラテスを語る内容も、
とうぜんプラトン流の解釈が入っている
ようです。まあ、そりゃしょうがない。
『ヒバクの島 マーシャルの証言-いま、ビキニ水爆被災から学ぶ』
(安斎育郎・竹峰誠一郎、かもがわブックレット、2004年)
ビキニデー集会の1日目に買って、
60ページほどなのでその日のうちに読みました。
あらためて、島の人びとが、
どれだけその生活と人生を狂わされたのかが
よくわかりました。とんでもないですよ、ほんと。
アメリカの人は、ほとんど知らんだろうな。
日本でも、もっとこの事実を広げなきゃ。
『仙台駅殺人事件』(西村京太郎、光文社文庫、2011年)
ビキニデー集会のときに、2日目の朝、
岡山県原水協のH井事務局長が、
「けいたくん、これあげるわぁ」と渡された本。
「え、くれるんですか??」と聞いたら、
「もう読んだから」とのこと。ありがとうございます。
帰りの新幹線でさくっと読みました。
でも、西村京太郎読むの、10年ぶりぐらいかも。
駅そのものが舞台とは、さすが京太郎です。
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