ソワニエ読書日記15冊目。さいごです。
この本のもつ力は、すごいですね。
看護師の生の声、臨床のリアルな出来事が、
そのまま綴られている、からでしょうね。
本書の5章「きけ 看護学生の声」を今日の授業で、
ぜーんぶ、紹介しました。
『ナースtoナース』(徳永進、関西看護出版、1999年)
【読んでのつぶやきメモ】
「ぼくは時どき看護婦さんの前で話をする。その会場に
B5のコピー用紙大の紙やその半分の紙を配ってもらう。
話が終わった後、話を聞いてくれた看護婦さんたちに、
何かについて書いてもらう。・・・そんなことをここ5年くらい
続けていくうちに、手元にたくさんのメモが積まれることに
なってしまった。たくさんって、三千通以上にもなる。
読んでいくと、心に深く留まるメモに出会う。すごいなあ、
と思う。深く留まらないのはつまらないのかと言えば、そ
うではない。医療の現場、それも患者さんと接触するとい
う点では、最前線中の最前線で働いている看護婦さんの
胸の中に去来した言葉たちなので、どんな1行も10行も
30行も、大切な響きを持っている。
それらのメモを読ませてもらいながら、やっぱりこれは
すごいわ、と思う。同じ医療現場でぼく自身も働いている
ので、まったく知らないことだという驚きではない。ある程
度はわかっていたけど、ここまでとは知らなかったとか、
こんな経験を経て看護婦さんになったのかとか、こんなこ
とがあったんだとか、こんな考えを持ってるんだとか、など
などである。
ふと思った。これらのメモを読んではっとするのはぼくだ
けだろうか、と。これを書いてくれた看護婦さんたちは、自
分の書いたメモについては知っているけど、自分以外の人
が書いたメモを読んだら、読んだ看護婦さんはどういう思い
を巡らすのだろうと思ってみた。『へぇー、そんなことがあっ
たんだー』『わかる。その気持ち』『すごいんだー、看護って』
『そんなの許せないよー』『やっぱりー』。いろんな反応が起
きるに違いないと思う。メモはメモとしてB5のコピー用紙の
上にだけ留まるのではなく、それを読んだ看護婦さん同志
の中で広がり、こだましてもいいだけのメッセージ性を持っ
ている、と思えた。
もう少し言い足すと、臨床で出会う一つ一つの事件はそ
こで働く医療者を必ず成長させる。成長の大きな柱は自
分の目の前のできごと、自分自身が手を下した経験だろ
う。でも、自分自身の経験は限局される。いや、ほんとは
限局されるからこそ、深いものとして生き続けるのだけれ
ど。他人の経験は自分にとっては深さは持ちにくいが、多
くの他人の経験は広がりを持ち、自分自身の世界も少し
豊かにしてくれると思う。
自分に限局した経験を大地にボーリングとして打ち込み、
それに、自分の上を飛んでゆく雲のような他人のメッセージ
を合わせると、看護の世界の三次元空間ができてくれるの
ではないだろうかと思った。
看護の三次元空間に立つと、今まで見えなかった看護の
世界、ケアの本質が少しは見えてくるのではないか、と期
待した。いや、ほんとはそんな大袈裟なことではなくていい。
看護婦さんが書いたメモ、なかなか面白いし、捨て難いし、
これをぼく一人が読んで済ませるのはもったいないのであ
る。本の題は、看護婦さんから看護婦さんへ、という想い
から『ナースtoナース』にした」(まえがき)
*目次
第1章 あつあつ
第2章 忘れられない死
第3章 病室にある美
第4章 新人ナース軍団は訴える
第5章 きけ 看護学生の声
第6章 看護婦もふつーの人
第7章 看護婦の喜び
第8章 お医者さまへ
第9章 初めての死
第10章 老いの現場から
第11章 五十人のメッセージ
第12章 ターミナル・ケアのQあんどA
第13章 沖縄の看護
第14章 ボストンバッグのメッセージ
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