10日(土)は、午後から労働者教育協会の
60周年記念講演会とレセプションへ。
14:00、労働者教育協会の須藤事務局長より
開会のあいさつ。
まだ少しぎこちなさが・・・。
講演は山田敬男会長。
「労働者教育協会創立60年を考える
-戦後労働運動の展開との関わりで」
以下、講演の主な項目をご紹介。
1。労教協創立の歴史的根拠はどこにあったのか
①労教協の創立
②階級的潮流の後退と反撃
③民科の啓蒙運動とサークル運動の時代
④時代の課題に真正面から向き合った学習教育運動
2。60年代に運動は大衆化し、全国化した
①大衆的運動への質的転換
②日米安保体制の確立と基地国家日本
③「日本的労使関係」の確立-JC・同盟の創設
④高度成長と日本社会の変動
⑤資本主義的「合理化」と日米安保・沖縄問題の
たたかいに寄与した「学習運動」
3。たたかうナショナルセンター結成への寄与を精力的に行いながら、
混乱を経つつ基本路線の再確認の作業が始まった
①労働運動の右翼的再編と連合の発足
②統一労組懇の前進とたたかうナショナルセンターへ
③労働運動への寄与、そして基本路線の模索
4。世界史的激動のもとで学習教育運動は試練のもとに置かれて
いるが、必死の努力のなかで運動前進の契機をつくりだしている
①日米同盟の新段階と新自由主義的「構造改革」
②運動の転換-再生に向けての転機
③学習教育運動の新たな模索と前進の契機
5。60年の歴史の点検のなかで、大衆的学習教育運動の特質と
その意義を考える
①歴史の検討のなかで確認された3つの問題
②学習教育運動の目的に関して
③今後の課題-2010年代を展望して
以上
私は、
「労働者のたたかいがあるかぎり、
この運動はけっしてなくなることはない」
と確信しておりますが、
戦後の労働運動のたたかい、
その模索と発展のなかで、
この学習教育運動が果たした役割の
大きさをあらためて勉強しなおすことができました。
この誇るべき60年の歴史を、
今後どう発展的に、今日的に磨いていけるのか、
それが問われています。
西日本の片隅で(笑)、
その一翼を担おうと、思った講演会でした。
講演会には105名の方が参加されたそうです。
つづいて、17時からは、記念レセプションに。
立食のパーティー形式。
全労連の大黒議長のあいさつ。
畑田重夫さんのあいさつ。
なーんと、私も5分間のあいさつをしたんですよー。
まあ、みんなあんまり聞いてませんでしたけど(笑)。
あれこれあれこれ、なごやかにレセプションはすすみ、
いろんな人ともあいさつを交わし、19時にはお開き。
あ、そういえば、私の「カフェの味わい」の『友』連載を
「すごく共感して読んでました」という
女性に声をかけられました。
あのミニ連載は、やっぱりなかなか好評なようです。
その後は、2次会へとなだれこみ、
22時ぐらいまでかなー。
とにかく、みなさんから、
「倉敷集会よかった」「がんばったね」「すごい成功」
と声をかけられました。
ありがとうございました。
11日(日)は、朝9時半から理事会。
私は討論の最初で発言しました(発言内容は別途掲載します)。
自治労連青年部の岡崎さんもしっかり発言。
えらいなあ。たのもしいなあ。
各地の経験や課題について学べ、
また倉敷集会の成果も確認され、
有意義な会議になったのではないかと思います。
12時半には、理事会も終了し、
お昼ごはんを食べて、13時半にロビー集合で、
いざ、霞ヶ関周辺の反原発1000000人大占拠に
学習運動のメンバーと向かいました。
地下鉄で移動。
地下鉄の霞ヶ関駅より地上へ。
都会です。
脱原発テントと書かれたところには、すでに人がいっぱい。
うーん、なにがなんだかわかりませんでしたが、
早くもいろんな人がいろんなアピールをしています。
学習運動メンバーは、とりあえず「官邸前抗議エリア」に
行ってみました。おおー、はじめて見た官邸。
野田首相は、毎晩ここでお酒をしこたま飲んでるらしいね。
この時点で、15時開始の30分前。それでもすでに数百人の人だかり。
ずーっとここにいてもよかったんですが、
ぼくはもうちっと周辺も見てみたかったので、
『友』編集長のM山さんと2人で、
ウロウロ歩きました。
全労連の宣伝カーらしいです。
国会前抗議エリア!
いつもいろんな人がスピーチする舞台が設置されております。
ここ周辺も、すでに人がわさわさわさと。熱気がすでに。
まだこの時点では雨は降っていませんでした。
さらにM山さんと2人でウロウロ。こんな人たちも。
日比谷公園。こんなに国会に近いとは。
そして厚生労働省が目の前に。なるほど。
日比谷公会堂。
こちらは「東京電力前抗議エリア」。
こちらもまだ15時前なのに、すでに人がたくさん。
15時になり、コールやスピーチが始まりました。
この東電前エリアでは、
福島からやってきた青年たちがいました。
語る言葉の重み。
聞いているだけで、涙がでそうでした。
そして、彼らの力強い音頭により、みんなで東電本社に
向かって叫びましたよ。
「原発いらない!」
「なりわい返せ!」
「再稼動反対!」
心の底から、叫びました!
しばらく東電前にいましたが、
その後またM山さんと移動。
官邸前に近づくと、もう人、人、人。
ぞくぞくと人が増えていく感じでした。
反原発のチャリ隊も出動!
で、16時になって、
14時から立ちっぱなしで歩いていたので、
「ちょっと休憩しましょう」ということで、
M山さんと近くのレストランに入って、食事。
17時過ぎまであれこれとおしゃべりをし、
私はふたたび国会前へ行ってみることにしました。
この頃には、雨も降っていましたし、
もうとにかくすごい人で、なかなか前にも進めません。
国会議事堂200メートル前にて。
人の波が、声を上げ続けていました。
国権の最高機関の前に押し寄せて、
意思表示する。これって、ほんと、すごいこと。
みんなの「あきらめない」熱気と
根気と本気さを感じました。
はじめてこのような大規模な反原発行動に
参加しましたが、
ほんとうにいろんな人が、いろんな表現方法で、
集まってきていました。
そして、ボランティアスタッフの方々の落ち着いた
声かけや誘導は、この行動全体の紳士性を
生み出しているとも感じました。
「のべ10万人参加」となったこの日の大占拠行動。
ほんとうに、熱いものを感じました。
岡山でも引き続きがんばりますよ
3日目のきのう(12日)は、
学習運動組織の連絡会議運営委員会。
倉敷集会のこと、
勤労者通信大学のこと、
来年の学習教育運動セミナーのことなど、
あれこれと議論。
充実の東京3日間でした。
コメント
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