本格的な哲学の学習をする、と先日書いたけど、
ギリシャ哲学も、さわりにふれただけでも、
メチャメチャ読み物がたくさんあることがわかり、やりがいがある。
しかし! ギリシャ哲学の前に、
「神話」を飛ばすわけにいかないこともハッキリする(いまさら)。
これも、読み物がたくさんあって、たいへんだ
でも、相当、おもしろそう。
こういう神話的な世界観を「観念論でね」と
簡単にすっとばすこともできるけど、
それは、マルクス主義の立場としては違うと思うのです。
だって、
「なんで雨がふるのか(ふらないのか)」
「雷や嵐とは、なんなのだろうか」
「なんで土から植物が育つのか」
「海の向こうには何があるのか」
「なぜ季節があるのか」
「なぜ、ものは上から下へ落ちるのだろうか」
こういう、今なら誰でも答えられる「問い」は、
3000年も前では、ほとんど謎だらけ、だったわけで。
宇宙についても、地球についても知らない。
生命についても、人間についても知らない。
わからないことばかり
(そう考えると、私たちがそれらについて「知っている」という
ことは、本当にすごいことだと思います。だって、つい数百年前
まで、地球が丸いことすら、人類は「知らなかった」のだから)
そして、人々が真剣に「答え」を求めて格闘した結果、
神話的世界観、あるいはアミニズム的世界観が生まれてきたわけで。
人類の進歩的格闘のすばらしさ、そこにふくまれている大事なものを
誰よりも学ぼうとするのがマルクス主義なんだと思うし。
そして、生まれた神話の「創造性」のすごさ。
まあ、びっくりですよ。
人間は、実際には「ない」「いない」ものを創造できるんです。
今年は、NHKの「ゲゲゲの女房」で盛り上がったけど、
ああいう奇奇怪怪な妖怪たちをも考え出しちゃう、
人間の精神的想像力のすばらしさ。
「なぜ」という問いをたて、
それと格闘しながら、
自然や世界、人間のあり方、そして人間の生き方を
探求してきた人類の先輩たちの営み
そういう、それぞれの時代の人間の格闘の産物が、
哲学という形で、整理され、受け継がれているのだと思う。
そして、その人たちの格闘がなければ、
人類の思想的前進・科学の発展はなかったわけで。
すごく尊いことだなあ、と思います。
というわけで、たーくさん勉強したいんだけど、
神話とギリシャ哲学だけで、買わなきゃいけない本が、
たぶん20冊ぐらいに・・・(相方にまた怒られますな)。
まだ、宗教や、ドイツ古典哲学という高い山が残ってるんですけどね(汗)。
来年は、哲学史学習にどっぷりの日々になりそうです
現世離れした学問のように思われている哲学ですが、
いまの時代を変革する力に、絶対になると確信しています。
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